サッカー日本人の歴代最強のベストイレブンを選出(GK、DF篇)

1993年のJリーグ創設以来、日本サッカーは劇的な進歩を遂げてきました。過去には釜本邦茂、奥寺康彦という世界的に活躍した選手はいましたが、それ以降日本サッカーは低迷を続けてきました。1993年の「ドーハの悲劇」の時代には海外で活躍する選手は1人もいませんでしたが、Jリーグが創設されサッカー人口が増えてきた結果、全体のレベルが底上げ。現在の日本代表には本田圭佑、香川真司、岡崎慎司をはじめとして、当たり前のように海外クラブで活躍する選手が出てきています。


そこで今回はに本サッカー史の歴代最強ベストイレブンを当サイト独自の視点で選出しました。今回はゴールキーパー、ディフェンス篇です。

スポンサードリンク

サッカー日本人の歴代最強のベストイレブン(ゴールキーパー・ディフェンス篇)

サッカーは時代によって戦術やレベルが変わりますので単純に比較することが難しく、選手としても若手の時代、全盛期、引退間近の時期でプレーのレベルも異なりますし、好みによっても選手の選出は異なってきます。そのため、当サイトでは今までの実績を見ながらも、筆者の好みや印象が多く含まれた選出になっています。


ベストイレブンを選出する際のフォーメーションは現代表であるアギーレジャパンの4-3-3を採用しています。各ポジションごとにベストな選手を選出していますが、チームとしてや攻守のバランスは一切考慮していません。また、各ポジションごとにレギュラーとサブというかたちで2名ずつ選出しました。

ゴールキーパー(レギュラー):川口能活

川口能活

出典:フォトニュース

1990年代後半から2000年代後半まで日本代表で活躍しました。日本代表のGKとしては最多の国際Aマッチ出場数(116)を誇り、ワールドカップにも4回(1998、2002、2006、2010)選出、そのうち2回(1998年フランス大会、2006年ドイツ大会)レギュラーとして出場しています。闘志を全面に押しだすプレースタイルで、ゴール前での飛び出しと俊敏な反応が持ち味。また、大舞台にも強くここ一番で神がかり的なセーブを連発しました。さらにPK(ペナルティキック)にも強く、PKでは相手の脅威となっていました。

ゴールキーパー(サブ):楢崎正剛

楢崎正剛

出典:naverまとめ

川口能活と同時代に活躍し、同じくワールドカップに4回(1998、2002、2006、2010)選出、そのうち2002年の日韓ワールドカップで正GKをつとめました。国際Aマッチ7試合連続無失点という日本記録保持者。セーブ、ハイボールへの対応、前への飛び出しなどすべてのプレーを高いレベルでこなす安定感抜群のプレーが持ち味。同時代に活躍した川口能活と比較されることも多く、どちらが優れいてるか甲乙つけがたいですが、日本代表国際Aマッチへの出場数(川口116、楢崎76)が楢崎正剛より川口能活のほうが多く、また川口能活のもつキャプテンシーから楢崎正剛をサブとしました。

右サイドバック(レギュラー):内田篤人

内田篤人

出典:芸能界のうわさ

現在、ブンデスリーガシャルケのレギュラーとして活躍。日本代表でも怪我をしている時を除けば不動の右サイドバックとして定着。ワールドカップにも2回(2010,2014)選出。スピードと高い技術を併せ持ち、攻守両面のバランス感覚は抜群。その甘いマスクとは裏腹に運動量が豊富で大舞台でも臆せずプレーするなどメンタル面も強く、勝負にこだわる内に秘めた闘志も魅力的。

右サイドバック(サブ):堀池巧

堀池巧

出典:football-uniform

1980年代後半から1993年のドーハの悲劇まで日本代表のレギュラーとして活躍。特に守備力には定評があり、右サイドバックがメインであったが、センターバック、守備的MFもこなすなど、守備面におけるユーティリティープレイヤー。

スポンサードリンク

左サイドバック(レギュラー):長友佑都

長友佑都

出典:naverまとめ

セリエA・インテルミラノのレギュラーであり現日本代表で不動の左サイドバック。高校時代は無名であったが大学時代にその才能が開花し、2008年にFC東京へ入団。その後わずか数ヶ月で日本代表入りしスタメンに定着。ワールドカップにも2回(2010,2014)不動のレギュラーとして出場。圧倒的なスピードと俊敏性、無尽蔵のスタミナで左サイドを支配し、効果的なドリブルと飛び出しで攻撃面においても脅威に。イタリアでの経験によりポジショニングやカバーリングにも磨きがかかっています。

左サイドバック(サブ):都並敏史

都並敏史

出典:number

「狂気の左サイドバック」として1980年台から1990年代初頭までを代表するプレイヤー。三浦カズやラモス瑠偉らとともにベルディ川崎(現東京ベルディ)の黄金時代を築きました。卓越したテクニックと左サイドからの正確なクロスが持ち味で、攻守のバランス感覚にも優れ両足のスライディングタックルが武器。19歳で日本代表に選出され、1993年のアメリカワールドカップアジア最終予選にも選ばれましたが怪我のため出場はできませんでした。都並が怪我をせず最終予選に出場していれば、ワールドカップに出場できていたかもしれないと言われるほどの実力の持ち主でした。

センターバック右(レギュラー):中澤佑二

中澤佑二

出典:さぽーたるふっとぼーる

「ボンバーヘッド」が愛称の2000年代を代表するDF。国際Aマッチ出場数(110)は歴代4位の記録。ワールドカップにも2回(2006、2010)に出場しともに不動のセンターバックとしてフル出場。空中戦の強さと、1対1の守備力の高さが武器。とくに打点の高いヘディングはセットプレーにおける得点源となり、通算得点数17は日本代表のDFの選手としては史上最多記録を誇ります。

センターバック右(サブ):加藤久

加藤久

出典:football-uniform

1970年代後半から1980年代後半まで日本代表のDFとして活躍。1985年のメキシコワールドカップアジア予選ではキャプテンをつとめました。その守備力と高い戦術眼には定評があり、サッカー選手として活躍しながらサッカー研究科として早稲田大学などの教授になるなど異色の経歴を持ちます。現在でもジュビロ磐田のゼネラル・マネージャーに就任するなど指導者としても活躍しています。

センターバック左(レギュラー):田中マルクス闘莉王

田中マルクス闘莉王

出典:naverまとめ

ブラジル出身の「闘将」の異名を持つ闘志あふれるDF。2010年南アフリカワールドカップでは中澤佑二とともにセンターバックをつとめ、決勝トーナメント進出の原動力となりました。中澤と闘莉王のコンビは日本史上最高のセンターバックと評されており、アーセン・ベンゲルからも「日本代表の最高の武器だった」と絶賛。恵まれた体格とフィジカルの強さを活かした守備力、圧倒的な強さを持つ空中戦、絶対的な存在感によるコーチングと統率力、チームを鼓舞するカリスマ性は歴代の日本代表においても圧倒的。また、足元の技術も優れており、高精度のロングフィードやビルドアップで多くのチャンスを演出しました。高さと1対1を活かした得点力も優れており、Bleacher Reportの「得点力の高いディフェンダー世界トップ20」の特集で世界一に選出されました。

センターバック左(サブ):井原正巳

井原正巳

出典:GOAL

「アジアの壁」と称された1990年代表を代表するDF。日本代表での国際Aマッチ出場数(122)は歴代2位を誇ります。1995年にはアジア年間最優秀選手も受賞し、Jリーグでは1993年から5年連続ベストイレブンに選出されました。1998年フランスワールドカップにもセンターバックとしてフル出場。1対1でのフィジカルコンタクトの強さ、抜群のカバーリングでディフェンスラインを統率しました。また、キックにも定評があり前線への正確なフィードと強烈なミドルシュートが武器で、1994年アジア大会の韓国戦での地を這うような強烈なミドルシュートによるゴールは賞賛を浴びました。

 

日本サッカー歴代イレブンのGK、DF篇をお送りました。いずれも時代を象徴する名選手ばかりですね。

<この記事に関連する記事はこちら>

サッカー日本人の歴代最強のベストイレブンを選出(MF篇)

サッカー日本人の歴代最強のベストイレブンを選出(FW篇)

スポンサードリンク

コメントは受け付けていません。

このページの先頭へ